1906年の街。

その街のことを知ろうとするとき、その街の古いモノクロ写真を見るのが好きだ。昔の、行き交う人たちの衣装、看板、道、建物、それが移ろって現在に続いて、ああなるほどって、なんだかじわっと愛しさも湧いて来る。ザグレブ市の目抜き通り、イェラチッチ広場から西に伸びたイリツァ通りの風景、ほぼ同じ場所を2011年と1906年で見てみよう。

2011年。
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1906年。
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2011年、もういっちょ。ちょっとアングルを変えてカラーで。
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この100年で一見かなり変わったようで、実はそれほど変わってないような(笑)。でも街の雰囲気がオーストリア帝国風から社会主義っぽく実用的な感じになったかもしれない。建築物では左の一軒目がビルになり、あらま、その次の建物の塔がなくなって外観のロマンチックな飾りもすっきり消え失せ簡素に。右の一軒目はほぼそのままで、2軒目はデパートに建て変わった。そんないくつかの変化はあるものの、実はその当時の建築物も多く残り、スカイラインはあまり変化なし。あ、そこは京都みたいだ(笑)。

f0039021_10263316.jpg一番の大きな変化はというと、やっぱり乗り物。現在ザグレブ市内を網羅する路面電車だが、1906年当時は公共交通機関は馬車だった(1891年9月5日開業)。一頭の馬が1日平均26〜28キロ走ったそうだ。その後1910年に初めての路面電車がザグレブの街に登場し、馬車はすべての路線が完成した1937年に廃止となった。

そして、まったく変わってないこと、ふたつ。道幅。そして、今も昔も変わらず同じような場所で垂れ幕式に広告が吊るされてる不思議。そっかー、これは100年たっても変わらないんだーっ、なんだか妙にかわいくてクスッと笑ってしまった。もしタイムスリップできたなら、馬車でこの1906年のザグレブの街を走ってみたいな。

(追記。馬車の写真、付け足しました。)

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