クロアチアとにっぽん それぞれの思いと伝統工芸の融合

今日は少しまじめに、今回クロアチアから京都にやって来たプロジェクトについて。

ザクッと手短かにいうとこんなこと。


東日本大震災後の3月末から、Kizuna za japan(キズナ・ザ・ヤパン)というプロジェクト活動を、クロアチアにて現地の学生ボランティアとともに行って来ました。クロアチアの人々と行う被災地サポートと、クロアチアの子どもたちが「思いやり」を育むきっかけの教育として、クロアチア国内各地の教育機関、福祉施設、イベント、図書館などで、日本文化紹介と折り鶴ワークショップを開催し、1300羽を超えるそれらの鶴にはクロアチアの人々が思い思いにクロアチア語、英語、日本語でメッセージを書き込みました。そして10月に鶴たちはザグレブを発ち、同市の姉妹都市であるこの京都へと飛んできました。

12月18日(日)、大谷大学にて京都の小中学生たちとワークショップを行い、日本の伝統工芸である吊るし飾りとザグレブ周辺の伝統工芸であるリツィタルスカ・スルツァ(リツィタル・ハート)を模した、鶴の吊るし飾りに生まれ変わりました。鶴たちはこの京都での羽根休めをした後、東北へ、明日への希望、夢、祈り、を乗せて旅立つ予定です。


* これまでに会場にて折り紙とビーズの寄付を受付ておりましたが、なんとすでに6万枚を越す折り紙を頂きました。どう感謝の気持ちを伝えたらよいのかわかりませんが、本当にありがとうございます!また、ビーズの方もよろしくおねがいいたします☆


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さらに詳しく知りたいかたは、以下をお読みください。



〜プロジェクトのきっかけ〜

今年3月の東日本大震災直後、クロアチアではその大震災をまるで自国で起きたことかのように悲しみ、国民の多くが打ち拉がれていました。テレビのチャンネルをひねれば連日クロアチアではその東北のニュースがくり返し映し出され、「なにか自分たちでできることはないか」とみんなその糸口を探していました。

「なにか力になりたい!」彼らにそう強く思わせたその根底には、約20年前、クロアチアがユーゴスラヴィアから独立した際、その紛争によって破壊と復興を体験したこと、そんなことにあるのかもしれません。

震災後、首都ザグレブでは募金活動として様々なチャリティーイベントが行われました。わたしも同市内の会員制クラブにて写真オークションをし、その売り上げを日赤社へ送りました。ですが、先進国でも裕福な国でもないクロアチアから、お金や物資の支援ができる人は限られています。実際に、日本が好きでなにかしたいとの思いで会場に来てくれた高校生の男の子たちは、彼らの少ないお小遣いではオークションには参加できず、がっくりと肩を落としていました。

そんな中、クロアチアのテレビ番組に出演し、「募金ではなくてもよいのでできることをしましょう」と伝えました。そこでたくさんの方々から反響を得て、それではみんなでなにか本当にやってみよう、外国に住んでいるからできないのではなく、外国に住む日本人としてできることをとその現地でしよう。そんな思いでした。


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〜プロジェクトまでの道のり〜

日本ではなにかしようと思ったとき、できないことのほうが少ないほど、いろいろなことが可能です。簡単に物も道具も手に入ります。ですがクロアチアでは限界があります。それもとても限られた小さな範囲内にある限界。

日本とクロアチアの両国をつなぐなにか。子どもからお年寄りまで、誰もが参加できるもの。資金のあまりかからない簡単なもの。だけど、心のこもったもの。そして、クロアチアの子どもたちが、資本主義の社会で育って行く過程で、「他人への思いやり」を学ぶきっかけになるようなこと。

そこから行きついたのは、やはり「折り紙の鶴」でした。千羽鶴は広島の原爆を伝える児童書に出て来るため、クロアチアでも知名度があります。だけど千羽鶴は頂いても後々その管理が大変なので、そうではないなにかにしなければなりません。

だったら、日本の伝統工芸でもある華やかな吊るし飾りスタイル。それにビーズをつけてキラキラ希望が飛んでいるような。そしてそこにザグレブ周辺の伝統工であるリツィタルスカ・スルツァ(リツィタル・ハート:男の子が好きな女の子に告白するときに心を込めて渡したもの)を模したものを付ければ、両国のコラボになる。それだ!と。その吊るし飾りのアイデアが、実は子供のころから京都の街角などでよく目にしていたちょっとした物からかもしれないと気がついたのは、つい最近のことだったのですが(笑)。


〜折り紙がない〜

さて、アイデアは決まったものの、首都ザグレブですら店先には外国製のなんとなく折り紙風の色画用紙はあっても、日本の柔らかい折り紙はありません。そこでコピー用紙やチラシを正方形に切って、代用しました。そして学生ボランティアを募り、彼らにまず折り方を教え、ザグレブ市とその郊外を中心にクロアチア各地をワークショップをして回りました。


しかし一番の問題点は、紙をどうするか、なにを使うかでした。それを知った浜松の友人がブログなどを通して「クロアチアに折り紙を送ろう」と声をかけてくれたり、そのほかの方々からもたくさんの折り紙が日本から届きました。そのおかげで、クロアチアのみんなが「本物」の折り紙、しかも日本からやって来た、それに触れるよろこびを感じ、またそれが鶴り、そこにメッセージを書き込む過程を楽しめるようになりました。


〜鶴を折ることから生まれるもの〜

折り鶴なんて・・・そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。日本の人はなんだかんだ言っても折り紙に慣れているので、指先も頭も柔軟で器用です。ですが、折り紙を知らない国の人たちには、初めての折り紙でいきなり鶴を折ることは容易ではありませんでした。鶴の作り方を描いたものを紙面で渡しても、それを見てもその図や点線、ひっくり返すなどの意味がまず理解できません。

そんなこんなで、初めて鶴を一羽折るのに長い時には30分ほどかかりました。しかも子どもたちの集中力はそんなに長くは持ちません。それをなんとか、ぐちゃぐちゃになってもいいから一緒に最後まで折るのですが、彼らはどうやってそこから羽根を広げていいのかを知りません。「こうやって引っ張って」と、教えてあげて、ようやく羽根が広がります。すると100人が100人、その途端に思いっきり、とびっきりの笑顔になります。「一枚の紙が鶴になった!」がんばったら、その先にあるのは笑顔と自信です。そしてそこではじめて、遠い日本という国に住む、震災で大変な思いをしている方々へ伝えるメッセージが彼らの中で生まれます。それをさらに母国語ではなく、彼らに取っては未知の言語である日本語で書いてもらいます。


〜クロアチアとにっぽん それぞれの思いと伝統工芸の融合〜

そのようにしてできあがった1300羽を超える鶴たちは、初冬の京都に飛んできました。12月18日(日)、大谷大学にて京都の小中学生たちとワークショップを行いました。本来リツィタルスカ・スルツァはクッキー生地を用いるのですが、代わりに廃材を使って思い思いのリツィタルスカ・スルツァを作りました(写真下の鶴の下についている赤い物)。そしてようやく、クロアチアからやって来た鶴たちは、日本の伝統工芸である吊るし飾りと、ザグレブ周辺の伝統工であるリツィタルスカ・スルツァを模した、キラキラ美しい吊るし飾りに生まれ変わりました。その鶴たちはこの京都で羽根休めした後、東北へ、明日への希望、夢、祈り、を乗せて旅立つ予定です。


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写真展は12月24日、今週の土曜日まで京都市の大谷大学の響流館ギャラリーにて開催しています。鶴の吊るし飾りを作りたい方は、受付デスクの学生さん(または私)にその旨を伝えてください。一緒に作ってくれますヨ。



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