<   2004年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

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スプリットの街角で摘みたてのハーブを売る。
おばちゃん、いつもご苦労様。



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ダルマチアの漁師風の夕食。自家製のオリーブ油漬サーディン、オリーブ、そしてワイン。ワインは男っぽく大き目のコップでグイッと、それがダルマチア風。そして奥さんの手作りの焼きたてのパン。なんて素朴なしあわせ。
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南クロアチアの避暑地として有名なフヴァール島。
この島には一夏中、たくさんの小さな旅の船が訪れ、とてもにぎやか。
イタリアやドイツ、フランスからアドリア海や地中海へと、
クルージングを楽しむヨットでの旅の途中の島々。
フヴァーラ島の水はこんなにも碧色。




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水の鏡。田園風景・・・どこかおとぎの国のよう。
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f0039021_23523691.jpg 「あなたはビール派ワイン派」へのTBです。

6年ほど前に母と二人で旅したイタリアでの思い出。

水の都ベネチアで母の憧れのゴンドラに乗って、市場に行き、
その夜はとてもアンティークなホテルの二つ続きの部屋に泊った。
二人ともすっかりお姫様のように、うっとりと優雅な気分で夢の中へと落ちていった。

それから幾日かして、カーニバルのマスクを手にベネチアをあとに汽車の旅は一路、
画家である母の夢の街、花の都フィレンツェへと。

6月の終わりのフィレンツェの街中を、美術館めぐりと一日中あちこちせっせと歩き回り、
足が棒のようになって。

それでも母は
「どうしても行ってみたいの」
と、彼女の青春時代の憧れのヘップバーンの写真が飾られている
靴の老舗フェラガモへと私の手を引っ張る。
娘のようにとたんに軽やかな足どりで母は踊るようにフィレンツェの通りを歩く。

私は広い店の壁に掲げられたショートカットのよく似合うヘップバーンのパネルを見ながら、
あの時代、わずかなお給料を握り締めて映画館へと通っていた母の青春時代を重ねていた。

それから夕方近くにやっとヴェッキオ橋が見えるアルノ川のほとりの、
こじんまりとしたホテルまで戻った。
母も私も疲れきって二人かわす言葉も少なく、
静かに夕暮れのフィレンツェの雑音と夕日がアルノ川と空を染めるのを
バルコニーの椅子に座って眺めていた。

すると母が、買ったばかりのフェラガモの靴を履きながら言った。

「よし!さっき買ったワインを開けよう!・・・それとチーズとパンもね!」

その日に街の通りのワイン屋さんで買った、
私ならきっともったいなくって何年もそっとしまっておくであろうそのワインのコルクを
勢いよく「ポンッ!」と抜いて、惜しみもせず部屋に備えてあったグラスに
ポッ・・・トポポポポッ。

なんて見事な、深みのある濃い赤いワインの色。

流れる空の雲。

そしてフィレンツェの心地よい夕暮れの風。

ワイングラスを空の色と透かし重ねて見る。
少女のようにうれしそうにグラスを眺める母の顔。
とてもシンプルで、でもとっても素敵なチーズとパンとワインの夕食。

初めての母と娘だけの旅行。

ちょっぴり酔って、ちょっぴり、親孝行の気持ち・・・。
またいつか、二人で旅をしようね、お母さん。


あの時以上においしいワインをまだ見つけていない。



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みーるさんの「石の花」へのTBです。

第二次世界大戦の話しではないけれど、1991年に勃発し1995年まで続いた旧ユーゴ紛争にて、戦火に巻き込まれた町はクロアチアにはたくさん残っている。その中でもザグレブに近いカルロヴァッツ(Karlovac)やドゥガレサ(Duga Resa)の町には、今でも住宅の壁などに弾丸の跡が生々しく残されていて、ザグレブから南クロアチアに車で南下する度に何度も目にした光景。ここではたくさんの人たちが亡くなり、住む家を破壊されました。写真は高速バスの窓から撮ったので、少しわかりにくいかもしれませんが、それはこんな光景。
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住宅が並んでいる町の通りで。真ん中に写っているのは大砲。右端にちょっとだけ見えているのは戦車。こんなところで戦かい、住民は巻き込まれ亡くなっていった。

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弾丸の跡、崩れ落ちた屋根。当時のままに残されている。

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マジョラム(Marjoram)、またはマージョラムというハーブ。

f0039021_2333441.jpgマジョラムは原産はフランスとエジプトで、17世紀ごろからヨーロッパでは広く愛用されていつハーブの一種。

ヨーロッパで魔女が信じられていた頃、マジョラムは亡くなった人の魂を鎮めると伝えられていたので、魔女狩りなどで亡くなった人のお墓のまわりによく植えられていたそうです。そして、魔女の力で悪魔を追い払うと考えられ、そういう迷信からヨーロッパでは家の前庭に植えられたり、窓につるして乾かしたりされています。

効能としては、近い人の死に遭遇するなどの深い悲しみに陥った時に、マジョラムの香りは精神を癒すとされ、シェークスピアの物語では娘に裏切られたリア王がマジョラムを合言葉に使いました。他には赤ちゃんの夜泣きに、リュウマチ、喘息、消化促進、催眠効果、鎮痛効果、などなど。

クロアチアでもこのマジョラムはよく料理に使われ、お肉料理にとてもあいます。お肉の臭みを取り除き、さらにお肉を柔らかくする作用があります。また細かく刻んでサラダに入れてもおいしい。

f0039021_2335949.jpgこのマジョラムでパンを焼いてみました。ダルマチアの田舎風パン。こねすぎたのかこねが足らなかったのか、ちょっと膨らみ方がいまひとつでしたが、魔女とマジョラムで、魔女パンと命名!

写真ではマジョラムは小さすぎて黒い点にしか見えませんね。でも、マジョラムのすーっとする香りがチーズととても相性がよく、焼きたての魔女パンでゆっくりとリラックス。日曜日のブレックファーストにいいなあ。
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project02 さんの「たった今」より、世界の鬼ごっこのTBです。

クロアチア語で「鬼ごっこ」は 「Pun Spas プン・スパッス(自己の開放)」。南クロアチアのスプリットの方言では鬼ごっこと鬼さんのことを「Kukalo クカロ(探す人)」と言います。

ルールはほとんど日本の鬼ごっこと同じ。クカロ(探す人)は、陣地で目を閉じて100まで数え、その他の子供たちはその間にどこかに隠れます。クカロが100を数え終わり、隠れている子供たちを探しに出かけます。そして誰かを見つけると「Vidimute ヴィディムテ(見つけた)!」と叫んで、陣地まで走ります。そこにまだ見つかっていない、他から走ってきた子がクカロよりも先に陣地にタッチして「Pun Spa za sve プン・スパ・ザ・スヴェ(みんなの開放)!」と言えば、また同じクカロで鬼ごっこは続いてゆきます。ね、日本のとほとんど同じ。ああ、そうか、缶ケリのようですね。

イタリアの風土と文化の影響のあるスプリットの子供たちは、本当に元気。右上のロゴ写真のように石造りの道を、毎日鬼ごっこやケンケンパをしながら飛び回っています。
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f0039021_22502937.jpg雨の朝には「Pripovid O Dalmaciji (Story about Dalmatia)」を聴こう。

アドリア海のやさしい風のようなアカペラが、すーっと心の曇り空を晴らしてゆく。ダルマチアの民俗音楽。まるでいつかどこかで聴いた歌のような懐かしさ。

CDのジャケットも、一冊の本のよう。昔ながらの本のように、羊の皮をモチーフに、ページをめくればダルマチアの歴史と芸術が広がっている。


f0039021_22504687.jpg「As deep sea currents resound in a shell.
The human voice tells deep secrets of man. 

Everything that comes from life is life itself or its testimony.
So it is with song, Dalmatian "Klapa" song.

As an expression of the region of its origin, it sings about life of the well-known and the great - the namelss and the common man, as his thought caught in words which he could or dared not but in song express. That is why these songs are stories.」 

(CDの解説より)
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